昭和59年

まず近隣から公害をなくそう

 超低周波公害

和歌山県保険医協会

和歌山市  医師  汐見文隆

  体を蝕む騒音

 海南市の効外にある市営住宅での話し。その市営住宅は終戦後の住宅事情の悪かった頃に建てられたもので、木造平屋、二軒棟割りで、6量と3畳に玄関、台所といった最小の家。棟と嫌との間の空間も1坪余り、狭すぎて境界の塀が存在しない。そこへAさんは物入れを、隣家は風呂場を建て増したから、この空間はさらに狭くなってしまった。
 さて、隣家がこの風呂用に石油温水ボイラーを設置した事から問題が始まった。といってもそれは風呂用だけの最小の石油ボイラー、値段も10万円余りのしがない装置に過ぎない。
 昭和56年2月、この新設のボイラーが始動した。その晩からAさん一家3人は寝られなくなったのである50分おき位にポーンという着火音とともに3分間程ゴーッと燃えているのが聞こえ、枕をゆすられるような感じがする。ところが1週間後に、夜通しサーモを使うのは無駄だと分ったのか、それ以後は入浴時の20分間程着くだけになって、
−応不眠は解消した。
 そのうち終日家に居る奥さんが苦しみだした。その音がしだすと胸がしめつけられ、ドキドキ心臓が破裂しそうに感じる。そこで胸を押えて家事を放り出して外へ飛び出す。家の外へ出ると耳からの音だけでなんともないのだが、家の中ではそれがこもって波のようにあたる感じがし、それはボイラーに近い6畳の部屋より、離れている3畳の部屋の方がきつく感じる。音だけなら辛抱できるのだが、響き込んでくるような音なので辛抱できないのだという。
 動悸はボイラーが止ってもなかなかおさまらず、やがて足までガチガチ震えるようになり、まだ鳴らぬうちから怯えて、ドキドキしたりする。遂には体重が1割も残り、白髪もめっきり増えてしまった。
 家族3人のうち、A氏と娘さんは勤務者、A氏は体には感じるがどうもない。娘さんは母親の訴えを弱くしたような体感を覚えている。
 よその人はどうかと座って貰って、感じる人と感じない人とがある。こわいという人、地震かと飛び上がる人、工事をしているのですかと尋ねる人。しかし泰然自若はさすが日本男子に多い。


  対応不足は精神状態を変える程に

 そこで海南市の公害課に相談したのだが、いずこも同じで役に立たない,時間外で測定しにくいし、どうせ騒音のの規制基準にかからぬだろうから、これはモラルの問題、市からどうせいとは言いにくいと逃げ腰。余りに苦しがった時、A氏が交番に駆け込んだことがある。「絶対悪いとなれば別だが、製品に傷をつけてはならぬ」とどちらを犯
人扱いかわからない!もっともこういう時、日頃おとなしいA夫人にして、何度も石を投げたいとか、線を切りたいという衝動を感じていたのである。そういう心理こ被害者を追い込むのが特徴的で、この警官君、案外見るところを見ていたのかも知れない。

 A氏が疲れて会社から帰っても、奥さんからこれでは世の中がイヤになったと言われ、奥さんはつい娘さんに当ってしまう。何か一家がパラバラになって行く!思い余って和歌浦にある玉津嶋神社のおみくじを引いて占なったところ、「争い事は勝つが難航する」と出た。

 その年の11月、この相談が知人を介して私の所に持ち込ま九た,早速測定してみると、装置の作動中の騒音は38ホン、なるほど、海南市の言う通り深夜でも基準に合格する。確かに振動は感じるが、測ってみても取るに足らない。しかし超低周波音を測定してみると、低周波領域の31.5ヘルツで64デシベルもあり、私が聞いても何か不気味な恐ろしさを感じさせる音であった。
 隣家とは交渉しにくいということで、Aさん夫婦と共に大阪のメーカー本社へ出掛けて直接交渉したところ、メーカーも設置場所が不適当であることを認め、無償でプロパンのボイラーに取り換えるとのことで、電気屋も無料でそのエ事をした。ところが隣家はこれが不満で、”一生付き会いをしない”と腹を立てたそうだが、この取り換えエ事でA夫人の苦痛は完全に解消した。

  もっと近隣周辺に記慮を

 つまらぬ近隣騒音の1ケースと見られるかもしれないが、実はこんなにうまく解決したのはむしろ例外である。発生源側の僅かな思いやりがあれば何でもないような事が、抜き差しならず困りきっている多くの事例を見ると、それは日本民族の抜き難い残虐性を証明しているようで悲しくなる。
 超低周波公害は高速道鰯の専売特許みたいになりつつあるが、家庭用の冷暖房機器がその普遍的な発生源であることを改めて指摘したい。近隣騒音の半数は心に恨みを抱きながら、近所同志だからと文句も言えずに我侵している。ましてや相手が日頃お世話になっている、あるいは、お世話になるかも知れぬ医者であれば、なおさら辛抱するものと思われる,冷暖房機器をご使用の先生方は、業者まかせではなく、ぜひ近隣周辺にお心配り願いたいものである。

大阪保険医雑誌 6

昭和59年6月20日発行 第12巻6号通巻170号
大阪府保険医協会


管理人

 現在この手の室外機問題が「床下暖房」設置に際する低価格の石油ボイラーの低周波騒音として、再び新たに浮上してきています。


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