環境省 風力発電施設から発生する騒音・低周波音の調査結果(平成21年度)について
環境省 報道発表資料 一平成22年3月29日―
2010年4月3日
汐見文隆 (医師)
和歌山市西高松1丁目1番10号
平成21年度の年度末に当っての、風力発電に関する環境省の発表です。一言で言えば、一国の環境省ともあろうものが、よくまあこんなお粗末な発表をして、恥ずかしくないのかという印象です。まず発表の内容がよくわかりません。もっと分かりやすくした測定データの記録を、丁寧な解説と共に発表すべきです。
この調査は、風力発電施設の近傍で発生している住民被害をこれまで長年放置してきたものの、無視しきれなくなっていやいや実施したものと理解していますが、そのいやいや振りが端的に表れています。「地球にやさしい」が通らなくなりそうだからですか?
まず、住民被害を苦情と称しています。手元の国語辞典によりますと、
苦情 状況・条件に対しての不平。文句(モンク)
被害 害をうけること
被害とは、客観的にダメージがあることを是認している言葉ですが、苦情とは、本当に被害があるのか、文句を言っているだけなのか、怪しいもんだという冷たい感情が隠されています。国民は大丈夫かという思いやりの気持ちはなく、風力発電を推進したいという気持ちだけがありありです。官僚亡国といわれる所以です。
その「苦情」を守ろうとする精神が、こんなお粗末な調査を生んでいるのでしょう。
巨大風力発電施設による近隣の住民被害(疾患)は、もちろん昔からあったわけではありません。巨大風力発電機の登場によって新しく出現した未知の疾患です。新しい疾患が登場すればどうすればよいか。まず、その疾患像を解明することです。
この被害像は騒音と低周波音(超低周波空気振動を含む)とに区分されるようですが、低周波音は騒音より遠く届きますから、距離が離れれば低周波音のみの被害になります。もちろん、風速・風向によってまちまちですが、この低周波音部分が未知の部分です。この低周波音被害は、疾患として二つの特色があります。
(1)機能性疾患である。器質性疾患ではない。
訴えは「いわゆる自律神経失調症」に類似した多様な不定愁訴であって、被害者をいくら検査しても、客観的所見が得られません。
(2)外因性疾患である。内因性疾患ではない。
外因(低周波音)が消失すれば、症状も消失して正常に戻ります。基本的に後遺症的なものは存在しないようです。
外因性疾患は対症療法では治すことは出来ず、原因療法、つまり原因を見付けてそれを除くことが基本です。
そこで、まず被害像をはっきり認識します。次に、外因を客観的に把握することが可能であれば、その被害像と外因との間に明確な関連があるかどうかを究明します。関連が明確であれば、医学の方法論である[結果→原因]が成立します。
その方法論の第一歩は、症状のきつい時と弱い時(出来れば無症状の時)との外因の客観的データを比較して、そこに明らかな相違を見いだすこと出来れば、正解となります。
さらにそれを複数例に追求・拡大して疾患像が確立し、診断基準が得られれば、そこで初めて、原因からの考察[原因→結果]が可能になります。
まだ被害症状もはっきりしていないのに、[原因→結果]は無茶苦茶です。
この平成21年度の調査なるものは、被害像もはっきりしていないのに、いきなり原因から問題の解明に迫ろうとするもののようです。およそ自然科学の原則に反しています。はっきりした結論が出ないのは当然です。
しかも、その被害症状については、「苦情」というだけで、一切語ろうとはしません。つまり、研究の目標を示さずに研究しているようなもので、話になりません。
「めくら探し」という言葉があります。手探りで探すこと。目当てもなくただやたらに探すこととあります。この発表内容は「めくら探し」そのものです。物を探すためには、その物をはっきり認識することと、それにもっとも有用な視力を最大源に利用するということです。対象もはっきりせず、方法論もあべこべでは、解明できるはずはありません。
皮肉な見方をすれば、長年放置して来たものを、調査すればすぐ答えが出たではそれこそ格好が悪いし、住民からの非難も受けるでしょうから、なるべく速やかに答えが出ないように苦心していると解釈するのが妥当なのかも知れません。
わかりにくいデータを部分読みしてみますと、
*愛知県豊橋市 測定がはっきり出ないということですが、これこそ「モンク」だというのですか? 被害の訴えはウソだと言うのですか?住宅内の12.5ヘルツのピークは何ですか?
*愛知県田原市 風車近傍の31.5ヘルツのビークは何処へ消えたのですか。逆に住宅内で2ヘルツなどに小さなピークがあるようですが、風車近傍ではそれらしいものは見当りません。どうなっているのですか。
*愛媛県伊方町 風車の停止時にもピークがありますが、一体これは何ですか。それを測定者が説明するのが当然ではありませんか。何故説明なしですか。
*「風車音の測定は風の吹いている条件下で行わなければならないため、風雑音の影響を更に除去する方法の検討が必要です。」―
意味不明です。
自然の風にも責任を分担させようという魂胆ではありませんか。風車発電の被害住民は自然の風に対して被害を訴えているのではありません。風車設置以後の状況について被害を訴えているのです。自然の風をどうこうできるなら、どうぞ台風を押さえて下さい。
では測定をどうすればよいか。提言させていただきます。
(1)機能性疾患ですから、第三者には理解できない疾患像です。被害者の訴えを基本に据えて追求します。きついか、どうもない(楽である)かは、被害者に教わります。測定場所は被害現場(被害者の住居内の、なるべく長時間居住している場所)です。
(2)外因性疾患ですから、その周波数分析像と症状の強弱とを対比させます。両者の強弱が明確に一致すれば、証明(診断)は成功です。
(3)風車の場合、エネルギー源は自然界の風ですから、測定者が操作できません。きつい時、どうもない(楽である)時をそれぞれ測定せよと言われても、思うようにはなってくれませんが、測定者を現場に長期間張り付けにするわけにもいきません。
(4)測定機械を普通の人が操作することは、それ程困難ではありません。そこで、測定者は測定場所を選定した後、そこに測定機械を設置し、同時に操作法を住民に教えます。住民は自分自身のきつい時、どうもない(楽である)時を選んで、測定機械を操作し、測定値を得ます。同時に住民には、測定時の自分の症状を正確に記録するように指導します。これで住民被害の原因の有無が明らかになります。
(5)音源(風車)の測定や究明は、その次の段階に考えるべきことです。それを逆に、あるいは同時に音源から考えようとするから、今回の発表のようなことになってしまうのです。「あぶはち取らず」です。
以上の方法論であれば、(4)に到達するのは、自然まかせではありますが、そんなに長期間を要しないものと考えます。それではお役人さんは困るのですか?