2003年10月22日

環境大臣
  小池百合子様

全国保険医団体連合会
  会長  室生 昇

     低周波音公害に関する要望

 貴省のご活躍に敬意を表します。
 低周波音公害につきましては、平成14年8月29日にも上河原献二大気生活環境
室長に要望をさせていただいたところです。
 その時の要望事項は、主として貴省の同年6月27日の「低周波音全国状況調査結果について」に関するものでありました。
 (1)被害の典型見本の具体像も、何例かお示し下さい。
 (2)感覚閾値の採用を否定すること。
 (3)低周波音については「苦情」ではなく「被害」として扱うこと。
 (4)可能な限り対照を測定すること。
 (5)秘密測定を原則とすべきこと。
 (6)G特性測定を止めること。従ってISO−7196は適用しないこと
 (7)測定機器は“使いやすさ"を第一とすること。

 一年余を経過して、改善の兆しはほとんどなく、低周波音公害に関する事態はむしろ悪化しているのではないかとさえ懸念されます。
 ここに一部視点を新たにして、再び要望申し上げる次第です。
 参考記述として、全国保険医団体連合会・公害環境対策部貝・汐見文隆医師の下記著述を添付いたします。
@「月刊保団連」2003年9月号16ページ 「見捨てられてきた公害病」
A「月刊むすぶ390号」2003年6月(ロシナンテ社)58ページ「感覚閾値ハラスメント」(別コピー)

(1)被害結果の視点から原因を区別すること

A、「環境白書」から
 平成15年判「環境白書」126ページ  ク 低周波音対策
  人の耳には聞き取りにくい低い周波数の音がガラス窓や戸、障子等を振動させたり、心身に影響を及ばしたりするとの苦情を、平成13年度は地方公共団体において全国で110件受け付けました。
 平成14年版「環境白書」139ページ  ク 低周波音対策
  人の耳には聞き取りにくい低い周波数の音がガラス窓や戸、障子等を振動させたり、人体に影響を及ぼしたりするとの苦情を、平成12年度は地方公共団体に
  おいて全国で115件受け付けました(平成11年度は45件)。
 「心身に影響を及ぼし」とか、あるいは「人体に影響を及ぼし」とは、「疾患」つまり「公害病」であるということではありませんか。それは主として外部の固定音源からの長時間、長期間の連続音による慢性、超慢性の不定愁訴(低周波音症候群)であり、低周期音被害の中核をなすものであります。
 それは「ガラス窓や戸、障子等を振動させ」るというがたつき(二次的騒音被害)と並列すべき問題ではなく、音圧(デシベル)で申せば、低周波音症候群の方が被害者の苦痛がはるかに大きいにかかわらず、がたつきよりはっきり小さいデシベルであることがむしろ普通です。つまり、音の強さ(デシベル)よりも、長時間・慢性ということがより重要な因子となっております。
 原因が同じ低周波音であるからといって、このように異種類の被害を混交させるこ
とば間違いの元となります。

B、「低周波音全国状況調査結果報告書」から
 平成14年6月の環境省環境管理局大気生活環境室の「低周波音全国状況調査結果報告書」には、低周波音症候群の発生原因と推定されるコンプレッサー、ボイラー、冷凍機の室外機等々の固定的な慢性連続的音源と、ヘリコプター、新幹線トンネル出口のような移動性音源、衝撃性間欠的音源とを区別せずに混在させております。

79ページ  図6、7、1 生活側における発生源別のG特性音圧レベル
                (屋内、心理的苦情あり)

 一般に図を使用することば、事象を整理し、より明確に認識・思索するための手段となっています。しかし、低周波昔症候群を引き起こす可能性の考えられるこのような多様な固定的・連続的音源と共に、その可能性の考えにくいヘリコプターのような移動性音源、新幹線トンネル出口のような1時間1回の衝撃的・間欠的音源を同じ図面に混入させることば、逆に認識、思索を妨げ、混乱させるものです。
 他方、低周波音症候群を惹起すると思われる多数の音源項目が列記されているということば、低周波音症候群が低周波音被害の中心であることを教えています。

(2)低周波音症候群は疾患であると認識すること

 前回(平成14年8月29日)の全国保険医団体連合会の要望の席で、上河原室長より、ご自身の生活環境から、隅田川の船や交通頻繁な道路からの自動車の音のお話がありました。都会生活者なら誰でも低周波音の洗礼を受けているとのご趣旨かとお聞きしましたが、それらがたとえ低周波音そのもの、あるいは低周波音を含む騒音であるとしても、基本的には低周波音症候群の原因ではありません。低周波音に関連した生活不快あるいは苦情であっても、疾患ではありません。
 この混同が低周波音被害者切り捨ての基本になっております。低周波音の中から低周波音症候群という疾患(結果)をもたらすものを区別する視点が求められます。 自律神経失調症(不定愁訴)は医学の世界で明確に認められた疾患です。しかし、診察や現在の進んだ諸検査をもってしても客観的な所見は得られません。所見がないから疾患でないということにはなりません。そこでは患者の訴えを正確に聞き取ることしか診断の手立てはないのです。
 低周波音症候群(不定愁訴)もまた診察や検査で客観的な所見はありません。だから疾患ではないということにはなりません。立派な疾患(公害病)です。
 その診断には被害者の訴えを真剣に聞き取ることしかありません。症状(結果)についての聞き取りが主体となります。診断者はまず、原因に対する先入観や予断を避け、訴えに対して虚心に対応することが求められます。
 一般の自律神経失調症と違い、低周波音症候群は低周波音という原因がありますから、その音源が停止するか、音源から遠ざかれば、直ちにあるいは間もなく、症状が消失あるいは軽快しますので、外因性であることを教えてくれます。つまり、外因性自律神経失調症と位置付けられます。
 確定診断には、被害現場における低周波音の測定が必要です。もし音源が停止して症状が消失した時点の比較測定が可能であれば、診断はなお明らかになります。
 後述するとおり、この現場の測定がなかなか正確に行われないため、多数の被害者は疑い病名の侭に放置されることになっているのが現状です。

(3)感覚閾値を排除すること

 低周波音症候群については、結果(被害)からの原因の推理、思索が基本になります。それは、臨床医学や公害の原則です(帰納法)。原因が推定されれば、果たしてその原因がその結果を正しくもたらすかの検索が必要になります(演繹法)。もしその推定された原因から結果が導かれないなら、その原因論は誤りであり、これを放棄して、改めて更なる帰納が必要となります。
 低周波音症候群の原因は低周波音です。しかし、すべての低周波音が低周波音症候群を結果するわけではありませんから、その低周波音の中から、低周波音症候群を結果する条件を求める必要があります。汐見の経験では、低周波音症候群は10〜40Hzのあたりで、60dB前後の卓越周波数(ピーク)を持つ、主として外部の固定性の音源からの連続音が、被害者の生活環境に長期にわたり侵入することにより結果されております。より大きなdBの低周波音であっても、短期間や一過性、衝撃性、間欠性の音では低周波音症候群を来しません。

 感覚閾値は低周波音のごく短時間の感知、あるいは聴取能力を実験的に検索したものであって、慢性・超慢性の被害である低周波音症候群とは異質なものです。そのことば、感覚閾値と解離して遥かに小さいデシベルで低周波音症候群の被害が発生していることでも明らかです。感覚閾値は、帰納法から導かれた低周波音と合致するとしても、演繹法で失格しております。感覚閾値を断念して、結果に妥当な新たな帰納を試みることが科学者の使命です。どうして感覚閾値に固執して、実際の被害を正直に評価しようとしないのか、医療に携わる者には理解できないことです。

(4)G特性を採用しないこと

 G特性もまた感覚閾値を基本にしております。当然採用されてはなりません。それは3ページに転記させていただいた貴省の「低周波音全国状況調査報告書」の図で明らかです。
 G特性に関するISO−7196によれば、100dBが世界的な基準とされており、地方自治体の中には低周波音被害を疑われるケースに対して、G特性のみを測定し、100dB以下を切り捨てている冷酷な自治体もあれば、さすがにそれはひどいと思うのか、90dBまで格下げして切り捨てている例もあります。それが訴えられた被害実態と解離しているにかかわらず、被害事実に目を背けております。
 3ぺ−ジに転記させていただいた貴省の「低周波音全国状況調査報告書」の図で、このG特性の不当性は明白です。
 この全国の被害現場の測定では100dB以上は皆無です。低周波音症候群と無関係なヘリコプターと新幹線トンネル出口とを除外すれば、90dB以上も皆無です。
 つまり、G特性の理論に合致する被害例はないのです。このことば、G特性がいかに国際的なものであろうとも、完全な誤りで、採用してはなりません。これは中世の天動説の現代版です。

(5)使いやすい測定機器を

 環境庁大気保全局「低周波音の測定方法に関するマニュアル」(平成12年10月)に関連して開発されたリオン社・低周波音レベル計NA−18Aは、G特性をはじめ余りに多くの機能を欲張ったため、高価であるだけでなく、極めて使用の難しい機器となっております。
 被害を訴えられる地方自治体は、事務系の職員が主体であり、しかも頻繁な職場替えが行われるため、低周波音測定に対応困難なのが実情であり、被害の訴えに対応してくれないのがほとんどの現実です。G特性で済ませようとするのも無理からぬ点もありますが、それでは被害者が救われません。
 測定器の理想は普通騒音計です。これなら新しい職場についた不慣れな事務職の方でも容易に操作できます。従って騒音測定なら喜んでやってきて測定してくれます。それが騒音でなく低周波音だとなると、対応が変わってしまいます。測定器がない、測定経験がない、測定能力がない、業者に頼めとなります。しかし、業者に頼んで正確に測定してもらえるのは極めて例外的です。救いはないのです。
 また低周波音症候群の不定愁訴は一般に理解されにくい被害であり、さらに個人差があって、同じ現場に苦しむ人と平気な人とが混在していることもしばしばです。その結果、被害者が感覚異常者、時には精神異常者と扱われることさえあります。
 その時、正確な測定によって初めて被害が確定されるのですが、その測定が十分行われない現状では、低周波音被害者は現代の“棄民’’の状況にあります。
 これを救うためには、もっと簡単で安価な測定器の出現が望まれます。

(6)対策ガイドラインに関連して「低周波音対策検討調査」を危倶する

 環境省は、7月25日「対策ガイドライン」の作成に乗り出すと発表されました。その善意は買うものですが、又も逆効果になる懸念を拭うことばできません。
 平成14年度環境省請負業務結果報告書「低周波音対策検討調査」(中間取りまとめ)−平成15年3月−を拝読しました。この調査の検討委員全委員は、伝えられるガイドラインの検討委員と全く同じメンバーになっていますから、この内容がガイドラインに化けて出ることが強く懸念されるのです。
 「低周波音対策検討調査」には多様な記載があり、2ページにはD「低周波音の苦情に関しては住民の声を良く聞き」と書かれてはいますが、それ以後を通読しての印象は結局(感覚)閾値の固執に終始し、住民の声を主体に判断しようとする姿勢は上っ面だけのものとしか考えられません。
 14ページに紹介された「図4.1低周波音の閲値曲線」を拝見しますと、これまで一般に認識されてきた曲線より全般的に小さいデシベルになった印象があります。例えば同じ平成15年3月の公害等調整委員会の裁定が巻尾に掲載されていますが、(そこで採用された閾値の図は、汐見著r感覚閾値ハラスメント」の5ぺ−ジに所載)それより小さい値となっており、それ以前の感覚閾値よりさらに小さいものです。
 感覚閾値が被害者を切り捨ててきたこれまでの歴史からみれば、住民被害の実態に一歩近付いたともいえますが、到底許せるものではなく、特にその差は20ヘルツ以下の超低周波音領域において顕著になっており、実態と明確に解離しております。
 これについてその後にごまかしとも取れる弁明がなされています。(15ぺ−ジ)
 「苦情現場からは、平均的な閾値レベル以下で低周波音が知覚されるとの訴えが  あることがしばしば報告されている。この中には、低い周波数ほど感知しにくい  という閾値特性を考慮せずに、平坦特性で見た物理的なピーク成分を問題にして  いるケースも見られる。つまりより高い周波数部分の音が聞こえていることをグラフ上ピークを示している低周波音の部分が聞こえていると誤解するケースである。」

 閾値絶対優先、現実被害軽視。被害は閾値のためにあるといわんばかりです。

 このような考え方に従えばどういうことになるのか。
反論のための例示として、以下のようなケースを想定してみよう。これはまあ被害例の代表的な数値としてよいでしょう。
 「16Hzまたは20Hzで60dB前後のピークが出ている。これは閾値以下であるから感知されない。さらに高い周波数部分をみると、63Hzで40dBであるから、閾値を越えており、聞こえる」。
 ではこの被害者の不定愁訴被害は、63Hzが聞こえるために発生したものであって、16Hzまたは20Hzにあるピークは関係ないというのでしょうか。63Hz40dBで常識的にどれだけの被害がでると考えられるのでしょうか。それでも16〜20Hzのピークの存在は閾値以下なら無意味だとされるのですか。
 被害の詳細を聞けば、これが63Hz、40dBごとき騒音で説明されるはずはありません。このことを、閾値でどう説明されるのか改めて問うてみたいのです。

※窓を開ければ楽だという被害者が多いのですが、窓をあければ高い周波数成分が多くなるはずです。上の説明と矛盾していませんか。
※米ドアを閉めれば騒音は楽になるが、不定愁訴は余計苦しくなるとの訴えです。これは閾値でどう説明されますか。
※被害者の多くは、テレビ、ラジオ、CDなどの音で被害が緩和されることを自得しております。これは閾値でどう説明されるのですか。家庭用電気冷蔵庫の50Hzの稼働音で楽になる被害者もあります。
※米防音壁を設置すると低周波昔被害はむしろ増悪するのが普通です。低周波昔に効果少なく、騒音には効果が大きいためと考えられますが、閾値で説明して下さt)。
※米音源工場と被害隣家との関連で言えば、当然工場内の低周波音は被害隣家の低周波音より大きいdBのはずです。しかし実際には、工場労働者には低周波音被害者はなく、隣家に被害が発生します。これを閾値でどう説明されますか。
※米我が家にいて苦しくなると、単に乗って走り回ると楽になるというのです。車中の方が遥かに低周波音がきついのですが、閾値でどう説明されますか。
※音が全く聞こえず、不定愁訴だけ訴える方があります。また、高い周波数まで測定しても閾値に到達しないケースもあります。これはどうなりますか。
※音が聞こえるという人の中にも、詳しく尋ねれば、普通の聴覚、つまり外耳道から入った音(空気振動)が、聴覚器→聴神経一聴覚野と伝えられているとは考えられない例があります、他に適当な日本語がないため「聞こえる」と表現しているに過ぎないと思われます。

※※普通の音は五感のひとつである耳に応えるといったものですが、低周波騒音は脳で感じると言った方がよいような不思議な音です。頭蓋骨を越えて脳味噌の中に直接侵入してくるようなとても嫌な感触があります。
※※脳味噌を掴まれて、その脳味噌を誰かに叩かれているような。同じリズムで、同じテンポで。
※※頭の中にひびく。脳味噌が揺すられる。
※※普通の音ではなくて、頭に響くような、なんとも言えない不気味な音で、体が不安になるような嫌な感じ。

 これらの訴えも聴覚で片付け、閾値で説明できるとされるのですか。
※もっと奇妙な訴えをする人もあります。
 ※※音を聞かないために耳栓をすると却って音が大きくなる。それで耳栓をした時の音を小さくしてほしいと耳鼻科を受診したら、耳鼻科は聞こえない時に聞こえるようにするところだと笑われた。
 ※※両耳を塞いで聞こえたら低周波音、聞こえなくなったら普通の騒音

 (感覚)閾値で上述のような低周波音症候群の奇妙な被害状況を説明できない(演繹不能)ならば、被害の判断に(感覚)閾値の適用を放棄していただきたい。

 検討委貝については、
  委員長 時田保夫氏
[著述] 「低周波音問題の全体像」
         一資源環境対策Vol.37No.11(2001)P.1113−

 「現在のところ生理的影響に関する今までの調査では、短時間のばく露実験 では明確ではないという結論になっているが、長期間のばく露でどのようになるかということば実験もないし、結論づけることは難しいというのが現状である。これを影響がはっきり現れるまで実験をしようと思うと、まさに人間の生体実験になってしまうので、影響があった場合の回復が明確でない実験はできない。」

 ここで言われる生理的影響とは低周波音症候群のことであると理解しますが、そのような慢性実験は不可能であるから、実験成績は存在しなしいことになります。それを急性実験である感覚閾値で代用するのは科学の原則に反します。そこで同著述では、 
  「閾値という意味は音波の存在がわかるということで、苦情と直接結びつく値ではない」
となっています。

  副委員長 山田伸志氏
[著述] 「低周波音問題の現状と諸外国の動向」
        一騒音制御Vol.23No.5(1999)P.298−
  「研究室では短期的な心理反応・生理反応の研究が主である。長期的な生理影響の研究は実験室ではできない」
 長期的な生理影響とはまさに低周波音症候群を指すと思われます。
 ここでも急性実験的手法で慢性被害を実験的に証明することばできないと述べられています。

 急性疾患と慢性疾患とはほとんど別物であることば、医学の常識であり、お二人の述べられていることは当然のことです。
 それであるのにこの「低周波音対策検討調査」は実験室における感覚閾値にあくまで固執し、これを明確に否定する表現が見あたらないのはどういうことでしょうか。その延長線上にガイドラインが作られては、多数の低周波音症候群の人たちが、今後もなおざりにされ続けることが強く危供されます。
 低周波音症候群の診断と対応は、実験室主義を捨て、現場主義、被害中心主義で行われることを要望します。