日本人は低周波音が聞こえやすいのか?
日本語のパスバンドの影響?
パスバンドというモノが言語にもあることを分子生物学者の福岡伸一氏の日経のコラムを読んで知った。氏のベストセラー『生物と無生物のあいだ』という本は内容的になかなかスリリングであった。
話しを戻して、パスバンドであるが、これは通過帯域と訳され、オーディオ関係では、高音、中音、低音用の3つのスピーカーを持つ3wayスピーカーで周波数を分けて再生させるような時に言われるのだが、一般的には電気通信、光学、音響学においてはフィルタ回路が減衰させずに通過させる周波数または波長の範囲の事を言う。
ところが、フランスの耳鼻咽喉科医師で音声医学を専門とし、聴覚・心理・音声学国際協会会長でもあるアルフレッド・トマティス氏は様々な民族が話す言葉を分析した結果、「言語として優先的によりよく使われる音の周波数帯が有る」ことが解り、この周波数帯を「言語のパスバンド」と名付けた。
そして、人間は、言語として聞かされたパスバンドの音しか言語として解しない。同時に言語として聞けるパスバンドの音しか言語として話せない。ところが、言語によって優先的に使われる周波数には大きな違いがあると言う。
人間の耳が聞き取れる周波数はおよそ20Hz〜20000Hzと言われており、新生児はこの範囲の音を言語として認識できる潜在能力があると言われている。しかし、2歳になる頃になるとパスバンドは固定され、その時点で不要とされる帯域の聞き取りに関連した神経細胞は死滅していき、生後10歳〜11歳ぐらいまでに基本的な聴覚が出来上がってしまい、それ以降、パスバンド外の音は聞こえても、言語音としてはなかなか認識されないらしい。
一方、人間が発音出来る方の周波数は音楽的にはバスの最低音で80Hz、ソプラノの最高音で1100Hzくらいまでということなのだが、一般的な人間の声の周波数は100Hz〜4000Hzくらいで、これが人間の声のフルパスと言うことになる。従って、例えば、電話では伝送できる音声周波数は300〜3400Hzの間になっているそうで、その間にフィルタが設定されている事になる。
氏の研究に依れば、表のように、短い子音を強く発音するイギリス英語の音の幅は、2000Hz〜16000Hz、母音の多い日本語は125Hz〜1500Hzだそうだ。即ち、英語の場合はソプラノ以上のキンキン声の2000Hz以上の周波数の音声に言葉としての意味があり、日本語は1500Hz以下の周波数の音声に言葉としての意味がある事になる。日本語と英語の間には言語パスバンド的には完全に溝が有ることになる。
簡単に言えば、日本人はバスで話し、イギリス人はソプラノで話すような形になる。これが語学教室的には、日本人には英語の音が聞き取りにくいのだそうである。ちなみに、英語の高い周波数をカットしてみると、日本人には聞きやすくなるそうだ。逆に、イギリス人にとっては、日本人は何か低い声でボソボソ言っていると言うような感じになるのであろう。
自分のささやかな経験では英語は如何にも気取った感じで甲高く、米語の方が落ち着いていて聞きやすいような気がする。因みに英語で発音する時には、鼻から頭に抜けるような、日本人としては相当に気取った感じで意識的に甲高く、オーバーなイントネーションで発音すると通じやすかった。日本人の女性でも年配の低めの発音では、彼らにとっては言葉として非常にきこえにくいのであろう。多分、ヒステリー気味なキンキン声で発音すると通じ易くなるのではなかろうか。
では、パスバンドの低いフランス語やドイツ語が聞きやすいかと言われれば、そもそも英語以上に語学的にチンプンカンプンなので聞き取りようもないが、フランスでは英語もキザっぽく鼻にかけて発音すると通じやすい。ドイツではお互いの英語が比較的聞き取りやすいとか、フランス人は英語が好きではない、と言われるのもここら当たりに原因が有るのかもしれない。
アジア圏ではどうなのであろうか。中国人の話す英語を直に聞いたことがないので何とも言えないが、小学校3年から英語を勉強していると聞くからそれなりの教育を受けた人はそれなりの教育を受けた日本人よりは上手いはず。簡単な中国語では発音云々より、丁寧に言うより、むしろ威張った感じで関西のおばちゃん風に喧嘩するような感じで発音すると状況的には通じやすい。韓国も日本以上に英語熱は盛んだから一般的にはレベルは日本より上であろう。しかし、日本語を話す運転手のおじさんの話では「英語は日本語より難しい」と言う。
一口に英語・米語と言ってもネイティブ以外の一般の外国人が話す英語・米語は我々が聞いてもそれなりに「その国訛り」があって、何となく変な感じに聞こえる。もちろん、我々が話す英語もそれなりに日本語訛りの変な英語なのであろうが、母国語のイントネーション等が大きく影響するのであろうが、「パスバンド」も色濃く影響するのであろう。
日本語のネイティブ・スピーカーは英語の発音に関しては、通訳にでもなろうと思わない限り、カタカナ英語を甲高く発音すれば結構なのであって、単に意志を伝えるなら(これが本来一番重要なはずだが…)必ずしもネイティブな発音に拘る必要はない、と言うのが私の英会話居直り説なのである。即ち、「りんご」と言っていては絶対に通じないが、「アポー」等と言わなくても「アップル」と言えばそれなりに通じるはずだ。英会話を授業に取り入れている幼稚園などで、幼児が、バナナの絵を見て「バナーナ」などと一斉に言っている映像を見て何となく変な気分になってしまうのは単に私の偏見なのであろう。
もちろん正統的なクインーズ・イングリッシュを目指す方は多いに気取って発音してほしい。しかし、同時に彼らの思考法、根底にある文化等々を知らなければ、幾ら流暢にペラペラと喋ったところで、日本のザーマス奥様と同じになってしまう。
在日の外国人はどういった反応なのかを調査した興味深い実験があった。そして、「この実験では母国語、外国語を問わず、受聴は日本語のパラメータが一番良い結果となった。
この現象は、母国語の違いによる影響はなくて、むしろ住む国の音響インピーダンスに合わせた音声が「自然感」や「心地良さ」を与えたのであろう。」と指摘している。
と言っておいて、本題の低周波音の話しに行くのだが、上表で見る限り、他の言語にも低周波部分はあるが、高周波部分もあり、言語端バンドに高周波部分が無いと言うのは日本語だけである。これは日本語の特色なのであろう。で、ネイティブとして比較的に低周波音域に慣れ親しんでいる日本人は言語民族的に低周波音を聞き取りやすいのではなかろうか、と言うことである。しかも、人間の脳は後の訓練によりパスバンドを広げることが出来るであろうから、英会話により高周波部分を訓練するかわりに、低周波部分を日常的に拷問的に訓練されたとしたらどうであろうか。因みに、パスバンド的に日本語に似ているドイツでは低周波音の研究は結構盛んである。
実際、日本の低周波音被害者は被害を訴える際に、低周波音に曝されて間もない初期の被害者に、どんな騒音か聞いても、ただ「どういって良いか解らないが、とにかく煩くてしょうがない」としか言わない例が多いが、長期間曝されている人は、それぞれに騒音源の低周波音を具体的な言葉で表現する。そして、それが中々に言い得て妙で、高めなのか低めなのかまで解る。少しも、嬉しくも、自慢も出来ない能力だが、流石に、拷問的訓練の結果だけはある。
私が見た数少ない英文の低周波音関係の論文を見ると、低周波音の表現は”bun bun”くらいで、とても周波数に応じた様な細かい表現は無い。恐らく他言語の民族は100Hz以下の“音”の表現は難しいのではなかろうか。
と言うことで、ひとまず単純に「日本人と言うより日本語のネイティブは低周波音を聞き取りやすい。従って、低周波音被害に遭う可能性が非常に高い」という、低周波音被害風土病説の傍証としたい。
参考
※「なぜ英語は聞けないか」 福岡伸一 日経新聞11/6 明日への話題
※「「ことばの周波数の違い」イングリッシュ・ウイズ・モーツァルト
※「母国語の違いによる音色知覚の差」 トマティスジャパン
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