低周波音被害者の実態から対策を
保団連、環境省と低周波音公害で交渉
2005/01/07修正
2004/11/17、環境省で全国保険医団体連合会(保団連)に被害者も加わり、大気生活環境室との間で、低周波音問題について交渉が行われました。1時間という限られた時間でした。そこで、汐見文隆氏は、以前からも継続して要求し、また、最近の著作「環境省「手引書」の迷妄」の中でも言及している、「低周波音問題に於いて感覚閾値(≒参照値)の採用を否定すること」を重点に主張しました。
交渉後の記者会見では一般新聞紙約10社が参加し、何らかの報道記事が掲載されるのではないかと待ったのですが、残念ながら、その後、何らの報道もされませんでした。管理人はこのままでは環境省からの一方的な広報のみがなされたまま事が進行する恐れを危惧し、この片手落ちを補う意味あいで、交渉内容が唯一活字にされた「全国保険医新聞」に掲載された記事を基に、参加者から寄せられた情報で捕捉して伝えたいと考えます。また同時に管理人の私見を付記したいと考えます。
なお、この交渉の経緯の詳細については大気生活環境室側によって録音されていますので、それを再現すればより正確を期す事ができるのですが、入手は難しいと考え、参加者の記憶に頼る事となり、ある意味”片寄った”内容になるかも知れません。しかし、世論への影響力を考えれば、環境省の一方的報道に比べれば、当サイトへの掲載は無きにも等しいモノですが、一つの記録として残して置きたいと考えます。
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被害者の実態から対策を 環境省と低周波音公害で交渉
全国保険医団体連合会は十一月十七日、環境省で大気生活環境室と、先に提出していた環境大臣宛の「『低周波音問題対応の手引書』に関する要望」について交渉を行った。
保団連からは野本公害環境対策部部長、汐見部員、被害者、事務局ら八人が参加、環境省からは、瀬川大気生活環境室長ら四人が参加した。保団連としては、低周波音公害問題について、これまで主として要求してきた「感覚聞値の採用を否定すること」を重点に交渉を行った。また今回の「手引書」からは「感覚閲値」という名称が消え、「参照値」という名称に変わっている理由、「手引書」の「参照値」を適用すると低周波音被害者の大部分が低周波音による被害者として認められなくなること、「参照値」は被害者でない人々を実験室で検査して決めた数値であり、実際の被害者の感覚とは異なることを具体的な実例を示して環境省の考えを質した。
環境省は、今回の「手引書」を作るにあたっては被害者及び被害現場を調査した上での「参照値」ではないことを明らかにした。また、「感覚闘値」という名称はわかりにくいため「参照値」という名称にした等と答えるとともに「参照値」は科学的なものであることを強調した。被害者実態とかけ離れた数値であるとの保田連、被害者の訴えについては検討すると答えた。
今後、環境省としては、各自治体に低周波音公害についての認識を深めるために、講習会を順次開催していくこと、低周波音公害については現場と被害者に目を向けつつ、引き続き取り組んでいくことを約した。
その後、記者会見を環境省内で行った。マスコミの関心が高く、約十社が参加し、記者の中には、自分も同じような状況のなかで同じような症状があると述べる人もいた。
(2004/12/05 全国保険医新聞)
懇談の経過を参加者から寄せられた情報で補足して、管理人の責任で少し述べておきます。
@参照値について
低周波音問題に長く関わり、これまでも多くの被害現場を測定している汐見氏が「この数値は実際に被害者の現場で出ている数値より遙かに上のモノであり、被害現場を反映しているモノではなく、この数値に照らし低周波音による被害ではないとされる事は明らかなる被害者の切り捨てである」と主張。
環境省は、「参照値は関係者、専門家など大方の賛同を得た”知見”に依る”科学的”なモノであり、数値的に問題はない。しかし、一応これからも検討の余地は残している」と回答。
Aこの参照値の元となるデータについて
この「参照値」作成に際し、過年、環境省より提示された「マニュアル」により地方自治体に測定を促したはずであるところの全国の被害現場からのデータの吸い上げは行われたのか。
「低周波音全国状況調査結果について(平成14年環境省環境管理局大気環境課)」で収集されたデータは「測定手法やその注意事項が各自治体に十分に浸透していないことから、有効なデータとして扱えない測定結果が多く見られた。」従って、今回の参照値作成には、「検討としてのデータとはしたが、一切それは入っていない」と回答。
B汐見氏が被害現場で測定しているデータは入っているか
汐見氏のデータはそもそも「学会等で正式に発表されているモノではなく、科学的『知見』とは言えない。従って、入っていない」と回答。
Cしからば、今般の参照値は一体何に基づいて創られた数値か
「平成15 年度に苦情者と一般成人を被験者として最小感覚閾値の実験を行った。」また、「過去の苦情現場の測定値にこの参照値に当てはめたところ、発生源の稼働・停止と苦情の状況が対応しているケースでは、大部分のデータがいずれかの周波数で参照値を上回る音圧レベルであった。また、苦情の申し立てはあるが対応する発生源が存在せず低周波音以外の要因と考えられるケースでは、そのうちの大部分が全ての周波数で参照値を下回った。すなわち、この参照値は発生源の稼働状況と対応のある大部分の苦情に当てはまる妥当なものと考えられた。なお、ごく一部であるが、この音圧レベル以下でも苦情の発生の可能性は残されている。」と「手引書」に述べられていることを繰り返す。
この”最小感覚閾値の実験”は、産業技術総合研究所 人間福祉医工学部門客員研究員 犬飼幸男氏が実験室で収集したものを元に、さらに、山梨大学工学部教授 山田伸志氏の現場測定収集による”過去の苦情現場の測定値”を参照したモノである。
その収集データの詳細は情報開示により請求すれば提出すると述べる。
D騒音SOS会員被害者の実験データはどのように扱われたか
「犬飼幸男氏の実験室でのデータ収集には騒音SOS会員被害者も多数参加しているが、そのデータも当然含まれているはずであるがいかがか。」
苦情者の実験室に於けるデータは健常者と格別変わるモノではなかった。苦情者の「苦情現場」でのデータは一切含まれていない。
E被害現場での測定について
「環境省は騒音現場に出て、測定する事はあるのか」との問いに、
騒音問題の現場対応は「地方分権」の主旨から各自治体に任せることであり、環境省が現場に出向くような事は無い。今後は各自治体に「専門家」を養成し、現場での問題解決に当たる方針である。
F「専門家」について
今般の「手引書」で頻出している「専門家」とは如何なる者を指すのか、の問いに、
ここに述べる「専門家」は、単に研究者、学者に限ることなく、騒音問題に長年携わってきた自治体の担当者等かなり広範囲を含むと明言。現在、各自治体に低周波音問題についての認識を深めるため、全国で順次講習会を開催していく予定であると回答。
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交渉時間は1時間で時間切れとなり、格段の妥協点を見出すことなく終了。
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管理人の呟き
@参照値
「低周波騒音被害苦情者」は、これまで「低周波音に対する聴感が鋭敏になり、”一般人”が聞こえない低周波音が良く聞こえるようになってしまった」と「苦情者」自身でさえ思ってきていた(英語の現在完了形です)。しかしながら、少なくとも、今回の”参照値”作成のための実験室に於ける”科学的データ収集”によって、”低周波音不可聴者”である「一般人」と”低周波音可聴者”である「低周波騒音被害苦情者」との間には、聴覚上に格段の「差異は無い」とされるデータが出された。これは、一般人が聞こえないという音が聞こえてしまうのであるから、自分の聴力は一般人より有る意味”優秀”であると思っていた苦情者自身にとってもこの「結果」は有る意味非常にショックであった。
しかし、考えを逆転させてみると、今般の”実験”により「低周波音に対する聴感が鋭敏になり、”一般人”が聞こえない低周波音が良く聞こえるようになってしまった」ために低周波騒音に苦しむという”仮説”が”科学的方法”により排除された訳である。即ち、低周波音が「聞こえる」か「聞こえない」かと言う事は、低周波騒音問題の本質、強いては被害者の救済方法を解くためのキーとはならないと言う事が”科学的知見”として環境省により明確に証明された事になる。”聴力の差異は苦情発生の原因では無い”と言う事になった。敢えて言えば、”聞こえない音はずの音”が聞こえるという”単なる気のせい”により「苦情者」は勝手に低周波騒音に苦しむと言う事になる。聴覚の問題でないとすれば、低周波騒音苦情者の訴えの原因は一体如何なるモノであろうか。単に”気のせい”でここまで苦しむなら、しかも、それがかなりの複数名存在するとするならば、何とかそれなりの研究を究明をして頂きたいモノである。
しかし、少なくとも最早、人体実験による”感覚閾値”や”参照値”を設ける事は全く無意味な事となった。「参照値」に賛成反対以前の問題となった。
しからば、一体全体、低周波騒音苦情者は如何なる理由によりかくまでに苦情を訴え続けなければならない苦痛に苛まれるのであろうか。その原因が実験室では見つけられないという事になった以上、問題の本質の発見は、被害現場、あるいは、低周波騒音が聞こえようが聞こえまいが、なってしまった「苦情者」の”聴覚以外の体”にしか無いと言う事になる。
しかるに、「現場」と言う「事実」は今もって延々と無視され続けている。同時に「苦情者」に対する聴覚以外の疫学的調査が公的になされているとは私は寡聞にして聞いていない。今後はこの方面の研究が必ずやなされる事であろう。そうでなくては、「原因の真実」を見出す事はできないはずである。もしそれが行われないとすれば、誠に奇異な”科学的知見”と言う事になる。
少し、古くなったが、「踊る大捜査線」の青島君のセリフを借りれば、さしずめ「事件は実験室で起きているんじゃない。現場で起きているんだ!」と言うところであろうか。
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A専門家
今回の「手引書」には「専門家」という言葉が以下の8ヶ所に出てくる。
1.それぞれの技術力や内容に応じて専門家に助けを求めることも視野に入れながら、対応を進めていくことも重要です。(P.14)
2.【注意】上記の方法で発生源の特定が出来ない場合、発生源の稼働状況と苦情内容が一致しない場合又は対応関係が不明な場合は下記の方法で再度検討する。また、必要に応じて専門家による調査の協力を検討する。(P.14)
3.A対象音が100Hz 以上の騒音領域ではないか低周波音の苦情がある場合でも、原因となる対象音が100Hz 以上の騒音領域であることも考えられるため、騒音計を使用し、100Hz 以上に対象周波数範囲を広げて周波数分析を実施する。また、専門家との協力を検討する。(P.17)
4.個人の感覚特性を把握することが本来望ましい。個人の感覚特性の測定については、専門家の協力を得て個別に対応する方法も考えられる。(P.17)
5.また、以上の判断によっても問題が解決しない場合もある。このような場合でも、時間の経過とともに状況が変化することもある。苦情者の申し立て内容を聞きながら、時間的な変化を観察し、必要に応じて再度検討する。場合によっては、専門家に相談することも検討する。(P.18)
6.効果的な対策方法を検討するにあたっては、発生源を確定させることと、発生源における低周波音発生メカニズムを明らかにすることが必要である。対策を行う場合は、詳細な測定を行い、技術的な可能性とコストとの関連を含め予測しなければならない。このため、かなりの経験が必要であり、専門家に依頼することが望まれる。
7.・必要に応じて専門家への協力依頼等に留意する。(P.19)
8.測定の実施* *:専門家への相談または、依頼
環境省の低周波音関係のこれまでの文書にはこれほど「専門家」と言う言葉は出てこなかったような気がして、因みに前回の「低周波音の測定方法に関するマニュアル」(平成12年10月)を調べたところ10ページの文章で下記一ヶ所に出てくるのみである。
専門的な知識を必要とする場合には、専門家に調査を依頼するのも一つの方法である。(P.10)
かくまでに「専門家」が活躍しなければならなくなったのは如何なる事情によるモノであろうか。この間にどのような経緯があったのか想像するしかないが、極めて「好意的」に想像するに、環境省は機器のない自治体には機器まで貸し出し、マニュアルまで創って、データ収集を依頼した。しかし、その結果は遺憾ながらハッキリ言って、環境省言うところの「専門家」から見れば、自治体の測定は”なっていない”ような測定で、少なくとも「参照値」作成に”役に立つようなまともなデータ”は全く環境省に上げられて来なかった、と言う事ではなかろうか。従って、”やむを得ず”、犬飼氏の実験室のデータと山田氏の現場収集データのみで参照値を作成した、と言う事であろうか。
そうとすれば言い換えれば、現段階においては、自治体レベルに於いては、低周波音問題に対する認識はもちろん、技術的にも、「低周波音問題の評価は難しい、乃至はできない」と言うことでもある。そして、環境省も否応なく「専門家」の必要性を痛感したのではなかろうか。それならばそれで、それは余りに遅きに失してはいるが、低周波音問題の進展にとっては結構な事である。これまでの方策では低周波音問題の認識を自治体レベルまで浸透させる事ができなかったと”悟った”訳であるから。
要するに、環境省のこれまでの営々たる方策は全く「無駄」で有ったと言う事である。従って、自治体レベルに於いては、低周波騒音問題については未だに何ら有効な方策はなされていないと言う訳である。それならば、被害者の現状感との一致を充分に認める事ができるので「苦情者」も少しは納得できよう。
しかし、もし、有ってはならない事ではあるが、自治体のそう言った認識、技術レベルの問題ではなく、実は、「自治体の現場レベルから上がってきたデータ」が今般の「参照値」作成に際して、『都合の悪い』データで有ったが故に採用しなかった、と考えると話しは全く別となる。
これはあくまで一応私の”邪推”、”ゲスの勘ぐり”としておくが、実は、実際に”自治体レベルで収集されたデータが、汐見氏収集のデータと同じく、参照値を下回るモノが多々あった”とした場合である。
何故にかくなる”想像が可能であるかと言えば、工学的分野に限らず、”データ取りまとめ者”は己の予想(理論)曲線に載らない データを「割愛」することは往々にして有るからである。特にデータを最終的に数式で表そうとしたがる理工学的分野に於いては、「割愛」は”常識”的に顕著な事である。従って、仮に、例えその「データが切り捨てられた」としても、例外のない規則は無いのであるから、必ずしもその事によりその最終曲線(この際は「参照値」)そのものの”科学性”の真偽が問われるモノではないのである。
但しその際には、導出された実験値と理論値の誤差に於いて、実験値で文献値や理論値を見るのか、理論値と実験値の比較検討から現象の理解並びに考察が充分に行われなければならない。そして、もちろん釈迦に説法ではあろうが、人間福祉工学的実験に於いては、「生体信号の特徴と機械との違いを考察する」する事が基本中の基本であろう。
そんな意味あいからして、「ごく一部であるが、この音圧レベル以下でも苦情の発生の可能性は残されている。」と述べているのであろう。しかし、現実としては、「苦情者」のほとんど、いや全ては、この音圧レベル以下で苦しんでいるのであり、ここに言う「ごく一部」に含まれるのである。即ち「ごく一部」こそ検証されなければならない存在なのである。
一番の問題は今般の「参照値」は単なる”実験値”ではない。実験値そのものが即「理論値」として、一人歩きをする可能性を充分に持っていると言う事である。
「手引書」において環境省は一応下記のようには述べている。
本手引書に示されている参照値は、苦情の申し立てが発生した際に、低周波音によるものかを判断する目安として示したものであり、低周波音についての環境アセスメントの環境保全目標値、作業環境のガイドラインなどとして策定したものではありません。
残念ながら私には「目安」と「ガイドライン」の”行政用語的使用法”の区別はできかねるが、辞典にあたったところ、
「目安」 ”おおよその見当。目印。目あて。目標。おおよその基準。”
「ガイドライン」”政府や団体が指導方針として掲げる大まかな指針。” 政策・施策などの指針。指標。”
少なくとも「ガイドライン」の方が”強そう”である。しかし、「参照値」作成に関して寄与しうるようなまともなデータ一つ提出できないような認識と技術しか持ち合わせないような自治体にとっては、「地方公共団体における低周波騒音問題対応に役立ててもらうために作成した。」 とあれば、そんな語彙の意味あいのレベルの差異には関係なく、「参照値」は自治体にとっては”錦の御旗”となり現実的に”都合良く使われる”であろう事は必定である。もちろん、この使用に関しては多くの条件が付いているのは熟読すれば解るはずであるが、「苦情者」、自治体窓口共に低周波音問題に関し”初心者”であれば、「参照値」は間違いなく”切り捨てのための錦の御旗”である。ましてや、低周波騒音被害者が「初心者」であれば、自治体の担当者はあくまで既に歴とした「専門家」と”誤解”してしまう。彼らの無理解、無知などは知り得ようがない。それをしみじみ知るのは低周波騒音被害者である「苦情者」が地獄を這いずり回り続けた挙げ句の果ての事である。
現実として、低周波音問題が実際には頻繁に起きていたとしても、低周波騒音問題の認識の無い自治体においては、同時測定、あるいは、騒音源の確定などのために、低周波音測定器を少なくとも2,3台も持つ様なことなどは極めて不経済で埒外の事である。更に、低周波音の測定や周波数分析の技術を持つ職員を常時担当課員として擁しておく様な事は少なくとも一般の市レベル以下の人事では現実的にはあり得ないと考える。
従って、各自治体レベルに低周波音問題の「専門家」を置くなどと言う今般の環境省の考え自体が、現実的レベルの行政を全く理解していない中央官僚の戯言としか言いようがない。皆が専門家になる必要などない。各自治体には都道府県内の「専門家」の一覧表でも送付した方が地方段階では遙かに現実的に有効な措置のはずである。
さて、上記に引用した「専門家」であるが、その殆どの項目は現実的には長年騒音問題に携わってきた自治体職員、あるいは環境計量士などを指すのであろう。しかし、少なくとも
「4.個人の感覚特性を把握することが本来望ましい。個人の感覚特性の測定については、専門家の協力を得て個別に対応する方法も考えられる。(P.18)」
における「専門家」は具体的にどのような「専門家」を指すのであろうか。少なくともその他に使われている「専門家」とは違うと考えざるを得ない。更にこの文をこのまま読めば、あたかも「個人の感覚特性」が既に”科学的”に”知見”されており、既に、その測定や評価が可能かに読み取れる。ならば具体的にどのような「専門家」によりどのような「個人の感覚特性」が知見されているのか是非とも提示願いたい。それが「参照値」と言われればそれまでだが、それでは論理が閉じる事になり、およそ科学とは言い得ない。
少なくとも、低周波騒音問題において、聴力については苦情者も一般成人も区別出来ないと環境省により「証明」されているのであるから、ここに言う「個人の感覚特性」は単なる「聴力」を指すものであってはならない。狭義な低周波音に対する「個人の感覚特性」、あるいは全く別の「感覚特性」でなければならない。もし、単なる「聴力」を指すとすれば、それは明確に「耳鼻咽喉科医師による聴力検査をすべきである」と書くべきであろう。この点に関し、現在の「専門家」はしきりに「耳鳴り」との混同を指摘するが、「苦情者」は明らかに「耳鳴りと低周波音による症状とは違う」と述べている。そして、最も簡単且つ明確な判別は騒音源の有無である。読み手に誤解を招くような文章の書き方は止めてもらいたい。
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B苦情者
これまでにも多出させてしまったが、今般の「手引書」には「苦情者」という語句が実に64ヶ所に出てくる。因みに、前回の「低周波音の測定方法に関するマニュアル」(平成12年10月)における出現回数は8回である。実に8倍という異常とも思える出現回数である。同一単語の出現回数は良くも悪くも、執筆者のその言葉に対する「執着度」を表している。ただし、出現数が多いと言うことは単に「気にはしている」と言う事であり、必ずしも”配慮”していると言う事ではない。その証左は、残念ながら「苦情者」に対する対応に具体的な指示が述べられていないと言う事である。ただ、低周波音被害者の「具体性」を理解し得ない現場担当者には述べたところで無意味な事かも知れない。しかし、それを理解させることこそ「手引書」の役目ではなかろうか。
苦情者の訴えを聴くだけ聴いて参照値でバッサリ切るならだれにでも出来る事である。「専門家」で有る必要など全くない。むしろ、担当者が低周波音騒音について無知で有れば有るほどこれは容易である。それでも切り捨て出来ない場合に「専門家」の登場という事になるのであろう。しかし、現実としてどこの自治体でも、自治体職員ではない専門家登場の費用の捻出はそうそう容易なものではない。自治体としてはできれば門前払いを喰わせたいと思うのは当然であろう。ここらの具体的視点、指示が全くみられない。これでは低周波音「苦情者」は自治体にとっては単に”金のかかる輩”と言う事になるだけである。
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C科学的知見
そもそも環境省が言うところの、「科学的」とは、「知見」とは何であろうか。
平成12年10月12日の環境庁報道発表資料「低周波音の測定方法に関するマニュアルの策定について」において環境庁は以下のように述べている。
低周波音に関しては、これまで統一的な測定方法が定められていなかった。このため、低周波音による影響に関する知見、データが不足しているのが現状である。しかし、近年、ISOで超低周波音の測定方法に関する規格が定められ、また低周波音の専用の測定機器が市販されるようになった。このような状況を踏まえ、これまで専門の調査団体に委託して調査してきた成果を取りまとめて、「低周波音の測定方法に関するマニュアル」を作成した。近く、本マニュアルを地方公共団体に送付し、全国統一的な方法で測定するようにする。
今後、このマニュアルにより測定された精度の高いデータを集積することにより、人体影響等についての調査研究を進め、有効な低周波音対策を講じる。
ここで言う「このマニュアルにより測定された精度の高いデータを集積すること」の作業が行われ、被害現場でのデータは収集、集積されたはずである。
しかしながら、その結果は、前記したように、環境省自らが明らかにしたごとく、今回の参照値作成に関しては、「検討としてのデータとはしたが、一切それは入っていない」と言う事である。なぜ、そのデータは「参照値作成のデータ数値とされなかった」のであろうか。簡単に言えば”科学的データとして使える代物でなかった”のであろう。
結局、「人体影響等についての調査研究」としての、”科学的知見”となりうるようなデータは、犬飼氏の実験と山田氏の現場でのデータ収集と言う事になった事になる。
そして、低周波騒音防御のために何ら具体的な工学的技術が新たに提示された訳ではない。ましてや、「苦情者」の生理的影響について何らかの新たなる心理的アプローチや免疫学的アプローチがなされた訳でもない。それらは依然提案さえもされていない。
今般の「手引書」作成の任に当たった低周波音対策検討委員会の委員長を務めている時田保夫氏(空港環境整備協会 航空環境研究センター所長 現在(財)小林理学研究所 監事)は、低周波音による健康影響について以下のように述べている。(肩書きは同誌発行時による)
(低周波音の)短時間のばく露実験では(生理的影響は)明確でないという結論になっているが、長期間のばく露でどのようになるかということは実験もないし、結論づけることは難しいということが現状である。これを影響がはっきり現れるまで実験しようと思うと、まさに人間の人体実験になってしまうので、影響があった場合の回復が明確でない実験はできない。
生理的や心理的と判断される苦情は非常に多岐にわたり、かつ個人差が大きい。人間へのばく露量(低周波音のレベル)と反応(生理、心理的影響度)とを明確に結びつけることはきわめて難しいのが実情である。
「資源環境対策 Vol.37 No.11(2001)」の「特集/低周波音騒音問題の最新事情」
氏は有る意味正直なのかも知れない。しかし、「解らない事を解った事にしてしまった事」に委員長としての責任がある。何はともあれ氏が指摘しているような「影響があった場合の回復が明確でない実験」は依然行われる事はなかったのである。
被害者の騒音現場は様々であるが、氏言うところの「生理的や心理的と判断される苦情は非常に多岐にわたり、かつ個人差が大きい。」の参考例として私の場合を述べておく。私が”モルモット”とされた現実の騒音現場で長期暴露(一日一時間でほぼ三ヶ月間)させられた低周波音は、ディーゼルエンジンのアイドリング音である。測定では20〜25Hz 近辺に66dBのピーク値があるものであった。因みに、今回の参照値では低周波音の可能性が有るのは、20〜25Hz ,76〜70dBと言う事なので、結局、私の場合は、”低周波音が問題となる音圧”には届いていない事になる。もちろん、当時、測定した業者も自治体も「低周波音の感覚閾値100dBを下回る」として全く問題なしとした。当時の一律「100dB以下は問題なし」と比較すれば、”理由”としては少しはマシかも知れない。しかし、結局、私を低周波騒音被害者にさせしめた原因の音は以前も今も何ら問題のない音という事になる。
時田氏言うところの「影響があった場合の回復」は非常に困難である。被害者である私の場合を参考までに示そう。「影響」の一つは、”普通”の人間をかくまでしつこく低周波騒音問題に関わり続けなければならないような人間にしてしまう事である。もう一つは「騒音現場」から離れて既に三年が経つが依然健康が全く優れず、異様に音に敏感になると言う後遺症がしつこく残ると言う事である。そして、最大の影響は”実験”では絶対にあり得ない事であろうが、「行政への不信」である。これらはほとんどの被害者に共通するところである。被害者の聞き取り調査を少しでもすれば直ちに解る事である。何も、敢えて実験などする必要はない。”影響”を受けた人は沢山居るのだから。
ただ悲しいかな、愚かかな、理工系の「専門家」は、科学は「再現可能な実験において、他の研究者による追試を求める」と言う呪縛に囚われているのか、「再現可能な実験」をしないことには”科学的知見”とは考えられないのであろう。ただし、低周波騒音問題に於ける、実験的データの再現性という点においては、これまでも「統一的な測定方法もない」という事実により、追試不可能であり、本来ならばこれまでの「専門家」が収集した”実験的データ”そのものが「非科学的である」と言い得る。
更に、これまでの”実験”は、統一環境がない現場(実験室)で、統一ルールの無い状況で、さらに”実験”に於いては、現実の騒音ではなく、現実世界にはあり得ない「純音」という本来のモノではない音を使っていた。現在、犬飼氏は「低周波複合音」を使用して見えるようであるが、所詮、限られた時間、創られた環境で創られた音が流される「実験の場」であることに変わりない。あくまで「現実の場」ではないのである。これをもって低周波音の法則的なモノ(=「参照値」)を導き出すこと自体に少なくとも科学者を自認する「専門家」ならば、そのこと自体に疑問を持たないとは不可思議としか言いようがない。ただ、それが現在に於ける「科学性」の限界とすればその旨を完全に明確にすべきである。無論、それ故に、”法則”ではなくあくまで”参照”と言われるであろう。しかし、その単なる「参照」が、行政により「苦情者」に強いられる時、有無を言わせない「規定値」となり、それが否応ない”ドグマ”になってしまった歴史を「科学者」はご存じであろう。
チャールズ・テイラーは「音の不思議をさぐる-音楽と楽器の科学」(1998)に於いて、「音楽の分野で脳が発揮する重要な能力にはいろいろありますが、機械がつくる音と人間が関わっている音を区別する力もその一つになりません。」と述べている。また、「物理学者にとっての教訓は、客観的に測れる量との関連で主観的な量を測定しようとしているときはいつも、私たちの驚異的な脳が考慮に入れるさまざまな変数があまりにも多いので、正確にどんな条件で測定がおこなわれているかを明確に述べるのはきわめてむずかしいということです。」とも述べている。
もちろん「専門家」諸子はこのような論はご存じ有ろう。であればこれこそ被害者が「現場に来てくれ」としつこく言い張る論拠の一つである事に思い至って頂きたい。低周波騒音問題の現実においては、残念ながら「専門家」にこの認識が有るようには思えない。確かに「彼ら」は低周波音騒音制御の「専門家」かもしれないが、少なくとも「低周波音の生理的影響」を”単なる気のせい”と診断する「専門家」である。「低周波音の生理的影響」を認めないのであるから、治療法などは考えつくはずもない。そんな「専門家」に「相談」したところで永久に問題解決に繋がらないと言う事を如何に愚かな環境省であろうとも解るべきである。もし、環境省がそれを承知で「相談」しているならばこの問題は『事実を認める事ができない』何らかの”特殊事情”があるとしか考えられない。
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詰まるところ、今般も「苦情者」の願いも虚しく、低周波騒音被害者は依然として、放置、黙殺される続ける状態が堅持された事になる。
唯一講じられた”有効な”低周波音対策が「参照値」である。もちろん、これが「苦情者」の現状を救うモノであれば”有効”と言えよう。しかし、現実は「苦情者」の新たなる切り捨てに繋がるモノとなった。
今般の「交渉」において、この”有効性”について論じようとした汐見氏をもってして「有無を言わせず参照値に従え」との思いにさせしめた環境省の強硬な態度からは、とてもではないが低周波騒音問題解決への真摯さを感じとる事はできない。
最後に敢えて、もう一度今般の「手引書」の切り札とも言える、「専門家」に言及する。その養成が容易ならざるモノである不動の事実を挙げよう。それは今般の「交渉」に於いて、汐見文隆医師の測定データと分析を、環境省は権威主義の権化のごとく「学会で発表されていない」と言う理由により、信憑性を一蹴した事である。それは氏を「専門家」として認めなかった事と同等である。
確かに氏は技術的な環境計量士ではない。日本騒音制御工学会にも属していない。しかし、低周波音問題発生の香芝事件以前から既に30年以上にわたり、苦情を訴える被害者の現場測定とデータ分析に携わり、「結果から原因」の考えの基に、現実に多くの被害者を救ってきた一医師である。その氏をして「専門家」と言わずして、一体誰をもって「専門家」と言うのであろうか。
環境省が「原因から結果を否定」している現在の「専門家」のみを「専門家」と考えるなら納得出来る。そして、氏の「専門家」”度”が、環境省要請のデータ収集のためのデータ収集さえできなかった自治体職員等をこれから養成し「専門家」とした場合の技術・見識・理解に劣ると見なすならそれも納得出来る。
汐見氏は私のような若輩者が評すのは誠にもって失礼千万であるが、昨今希有としか言いようがない高潔の士であり、ただ単に事実から真実を明らかにしようとするのみである。氏本来の気質からして私がここに述べるような事を決して思ったり、述べたりされるような方ではない故に私の責において敢えて述べおく。
環境省は己の「お墨付き」に唯々諾々と従うモノ以外は「専門家」として認めないのであろう。少なくとも今般の交渉の経緯から推測するに環境省がこの見解を否定する事は難しいはずであろう。
低周波音のデータ収集・分析の”専門家”の養成は環境省にとっては容易であろうが、真の問題解決の「専門家」の養成は容易ならざる不可能事としか言いようがない、と言いうるのではなかろうか。
何かを学ぶためには、自分で体験する以上にいい方法はない
アインシュタイン
一つの嘘は嘘であり、二つの嘘も嘘である。三つの嘘は政治である。
ユダヤの格言
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