東日本大震災その時
ついでにハワイ・マウイ島の風車
平成23年3月11日14時46分18.1秒は多くの人たちに長く記憶に残る時間となるだろう。9.11の時は夜ボケーッとTVを見ていて、突然の現場中継の画面を何か新しい映画作品と思いこみ、生中継で有ると解るのにしばらく時間が要った。
今回は丁度その頃、これまたボケーと株価のリアルチャートを眺めていた。何か揺れたなと思い、その後にかなり大きな揺れを感じた。かなり大きな地震が来たなと思った。その寸秒後、膠着していた日経平均が生き物のように突然スルスルと15分間落ち続けた。結局その日の下げは14日(月),15日(火)と比べれば大したことは無かったのだが。
その後は延々とTVを見続けることになるのだが、それは当事者、関係者以外がご存じのような事態になっていくのだが。こうした災害の被害規模は大抵当初のニュースで出てくる数字の10倍から100倍の大きさになるのが通例で確かニュースで行方不明者300人と言っていたから被害は3万人になるのかも知れないな、などとふと思った。
県内に住む子ども達から「大丈夫か」の電話があった。それで、そうそうと関東地方の知り合いに電話をしたが既にみんなお話状態になっていて通じなかった。
その後しばらく経ってから聞いた相馬に娘さんがいる人の話では、直後は電話が通じて、とにかくひとまず生きているという事で一安心したが、その後再び通じたのは11日の深夜過ぎだったそうでその間生きた心地がしなかったそうだ。リアル・スリルの話だった。「とにかく逃げてこい」と言って、その娘さんは14日にやっと車で避難帰省し、今も子連れで実家にいると言う。
12日の夜になって、14日から自宅の水回り(風呂、台所、トイレ)のリフォームを始めることにしている息子から、「業者が明日(13日)朝一で、今回の震災に関し重要なお話が有る、と言ってきたので立ち会って欲しい」という電話があったが、この話はひとまず置いて。
最終的に東日本大震災と名付けられた地震、津波、原発放射能のヘレンケラーではないが、三重被害となった。昔なら、少なくとも原発被害はないので、幾ら最大でも二重被害で済んだはずで、阪神大震災でさえ地震と火事で二重被害で済んだ。と、思ったが地震、山崩れ、洪水なら三重被害だが、これは豪雨の時に地震が来たと言うような場合でこれも最悪だが確率的には今回の場合よりも低いのではないか。何れにしても、このところ今般の災害に比べればと言うより比べるのもおこがましいが、いざというときに入っていた積もりの損害保険が実は”雷くらい以外は全て自然災害として何ら補償されず、後は何かと言えば火災にでも遭わなければ何ら補償されない普通の火災保険”と知っていたはずだが、実は解っていず、怒りの持って行きようがない私なのだが、皆様もこの際に改めて保険内容の確認をされることをお薦めする。
見えず聞こえずの放射能被害
今回の被害を一層大きくしたのは、眼に見えず、耳に聞こえず、モニタリング、(最初から思っていたがこの言い方は何なんだ。普通の測定とか測量とか計測どう違うんだと思っていたが、本来はどうも1回の測定ではなく、継続的に測定・監視と言うことらしく、何にしても聞き慣れない独自用語を平気で使うのが専門分野の得意だ。何となく通常の測定などよりは厳しい感じがするが、別にそうでなくてもやはり単なる測定で良いはずで、まー、それは置いて)でとにかく数値的にしかその存在が解らないわけで、謂わば、低周波音が聞こえない通常人にとってはそれよりタチの悪い存在で、解らない内にやられてしまう。
もちろんバッタ、バッタと目の前で死ぬわけではないから、科学的には、「人体の健康へ直ちに影響はない」と言う事は簡単で、“科学的には全然危険ではない”らしい。だが、放射能の影響に関しても、遅効性的、長期的、慢性的には、所謂科学的知見がない様で、多分大丈夫だろうが、本当は人体にどうした影響をもたらすかは判らないのでひとまずは「人体の健康へ直ちに影響はない」を繰り返す事になる。しかし、やはりそれなりの被害は予想されるのだろう。結局は遅ればせに避難と言うことになる。震災の復旧は地震・津波より原発という人的被害により大きく遅れる事になる。
長期の疫学的調査を続けるようなことを言っているが、その結果がどう扱われるかは「直ちに有る影響」即ち、明らかに眼に見える被害or科学的医学的計測装置によって測定できるような変化が人体に現れない限り、現在の“科学”は影響を認めないであろうことは、未だに原爆や水俣が完全に解決していないことを考えれば容易に想像の着くところであろう。
今般の原発被害に関しその規模的にスリーマイルやチェルノブイリと比較されるが、被害関係人数はどうなんだろう。それらの原発の近くには日本ほど人は住んでいたのであろうか。その後被害関係者はどうしたのだろう。
更には何年も住めない地域になるとも言われて、集団的に全面的に引っ越す等と言うことにでもなった場合、米、露が行ったかどうか知らないが、日本は広大な国土を持つわけではないので、おいそれと代替地など提供できるわけでも有るまい。こうした観点から被害の大きさを見れば今回の原発事故は世界最大級では無かろうか。
避難が長引けば、現在の避難状態が固定化されてしまうのかもしない。そうした場合、現実としてどう言った形でそれまでの生活というより人生、そしてこれからの人生を東電や国は補償するのだろうか。それぞれが勝手に頑張れと言うことなのだろうか。
専門家の想定外
素人が“想定外”ということはあろう。何故なら極めて単純にそもそも日常的にこうした事など何も考えていないし、飯の種でも無いのだから考える必要もないし、そもそも何を想定しているかを考えていないからだ。仮にもし、素人が真剣に考えて喚いたところで、それは所謂、杞憂として笑われるだけのことであろう。
しかし、一方これが専門家となると、そもそも理論が展開できる範囲を想定しているはずで、今回の場合想定範囲を逸脱したから想定外と言うことになるのだろうが、では、想定外は想定していなかったと言うと、必ずしもそうではなく、もちろん一応何段階かの防御は考えられていたようだが、それが「その時」に効果的に起動しなくてはそれは無きに等しく、物理理論的に言えば、仕事量ゼロと言うことである。
専門家の中で、“素人に迎合するような、大勢に逆らうような、即ち国策に反するような事を喚いてどころかつぶやいているだけでも”そうした専門家は間違いなく“反”御用学者であり、職業的にはもちろん、体制的な学会的なら黙殺されることになる。
今回はそれが全く杞憂ではなかった訳で、コペルニクス的転回により御用学者は口を噤んだ様だが。
直後のニュースで助かった男性が「海に沈んでいる人たちを早く…してやりたい」と言う言葉が非常に印象的だったが、確かに阪神では崩壊した家屋の下から多くの死者が見つかったそうだが、今回は行方不明者が多い。海を漂っているのだろうか、沈んでいるのだろうか。こうした人たちの生死が納得できない縁者の気持ちは他人が容易に測りうるモノではないが、こうした気持ちは頭で納得できるものではなく、時の経過のみが癒してくれるのでは無かろうか。
だが、行方不明の状態はやはり癒える時間を一段と遅らせるであろう。人によってはトラウマ的に永遠に癒えることはないのかも知れない。
今回は専門家も×××桟敷?
今回の事態を前にして、これまで原子力で日の当たるところを歩いてきた人たちは事態を冷静沈着に極めて客観的に、想定外を連発し、いけシャーシャーと、マスコミで解説をし、これまでなら一般人民も“専門家もああ言うんだから仕方ないことなんだ”なんて思ってしまうのだが、いつまで経っても何を言っているのか解らないし、情報は錯綜するしで、解ろうが、解るまいが、かなり常識的に考えても非常にやばそうと言うことで、専門家の解説は無視されて行った。
それに輪を掛けていたのが本人が本当によく解っているのかいないのか、何れにしても一般人民に事態を解らせる気があるのかどうか疑いたくなるような無機質的な発表で、結局、知らない間にみんな消えてしまい、関係各位は嵐の通り過ぎるのを待っている様だが、出来ればもっともっと専門家の言い訳を聞きたいものだが、それは袋だたきに遭うだけだから静かにしているのであろうか。
とも思っていたが、流石にそうでもないのか、それともこのままでは自分たちが全部悪人になってしまうとでも思ったのか、ホンの一つまみのトップ以外の多くの日本原子力学会員もツンボ桟敷に居たんだとばかりに今頃になって、福島第一原子力発電所事故に関する政府および東京電力の情報の開示が十分でなかったことに対する日本原子力学会からの声明何ぞを出してブリッコを始めた。
そもそもが国の御用機関であるここの人たちの多くが政府や東電と関係ない訳はなく、ホンの因みに今回最も関係有りそうなここの特別専門委員会の中の原子力発電所地震安全担当の大橋弘忠氏なんぞは“大橋弘忠 御用学者”で検索すると一杯誹謗中傷が出てくる有様だ。この人の発言で今回一気に有名になってしまったのは「プルトニウムは飲んでも安全」と言う発言だそうだが、単なる例えで、本人が本当に飲んだわけでもあるまい。ここの人たちも皆が皆一緒であると思われたくはないのか、今頃になって、
@今回の原発事故においては、情報開示プロセスが不透明でありかつ情報が錯綜し、そのことが国民の抱いている不安に拍車をかけた。事故の状況や、放射性物質による環境汚染の状況について、開示するべき情報を保持していたにも関わらず適切に開示してこなかった結果、一般住民の被ばく被害の拡大を招いた可能性があるということは、情報に対する信頼性を揺るがす大きな問題である。
A海外での報告を受けて、国内に発表される場面もあり、情報開示プロセスに問題があると言わざるを得ない。このような状況下において、専門家による事故の解明や収束に向けた提言作業に支障を生じさせた責任は重い。
と、@ではマスコミで解説していた人たちこそ「不透明かつ錯綜した情報」で、「国民の抱いている不安に拍車をかけた」のではないか。さらには連発された「人体の健康へ直ちに影響はない」「被爆」は「一般住民の被ばく被害の拡大」となってしまった。当初マスコミに登場した開設者で「直ちに遠くへ逃げろ」と言った人は居たのだろうか。或いは学会的にそうした可能性を喚起したであろうか。もちろん「不透明かつ錯綜した情報」ではそうした事は専門家としては言えないであろう。しかし、もし自分が其処にいたら可能性だけでとにかくは逃げたのでは無かろうか。
Aでは何よりも情報入手が海外より後と有ってはやはりそれなりにプライドが傷ついたのであろう。しかし、日本の専門家は役にたたないと一番思っていたのが「政府、関係諸機関及び東京電力株式会社」であるとすれば単なる愛嬌では済まない。如何に「生真面目な“お上の科学者”のイメージが濃厚―佐藤文隆「職業としての科学」(岩波新書)」な彼らでもひとまずは誰かに責任を押しつけなくては腹の虫が治まるまい。
これに限らず、産官学の馴れ合いは当たり前であったのだろうが、今回の震災により、原発に関してだけでなく、行政、特に理学などに関し、否応なく曝されることが少なくないのはなかなかに興味あるところである。
それらは大多数の国民が無知故にまかり通って来たことで疑うことさえ難しかった訳で、今回多くの人が知るところとなったメインストリームはウダウダ述べる必要もなろうが、ひとまずは極めて私的時系列的に電力不足の深刻化により注目され始めた自家発電について少し記したい。
風が吹けば…
今回の震災で原発にかわる代替エネルギーや自家発電が注目され始め、日本風力開発の株価が息を吹き返したが、これらはそれぞれそれなりに問題があり、それらがそれなりにこれまでにも普及を遅らせてきたのだろうが、特に代替エネルギーに関しては既に多くが語られているし、多くを私は知るわけではないので触れないが、最近の私の少ない経験で、自家発電のヤバさを体験したので触れてみたい。
これについては「余剰電力を東電に供給した六本木ヒルズの自家発電システム」として報じられているが、これをエネファームと同じように勘違いした人が少なくないようだが、これは見出しだけ読めば「ガス=自家発電」と思っても仕方ない。
しかし、これは「環境にも配慮した最先端のもの」では有るらしいが、重油や軽油で稼働するそんじょそこらの個人レベルの発電モーターとか電源車とは規模が違う。もしこうしたモノが都会の多くのビルに常備されるようになったらどうなるかを皆さんは想像したことが有るだろうか。私は全く偶然に別の形で少し体験したのでお話ししたい
個人的には関係大ありのハワイ
話は3/1の震災前に遡るが、そのころ私は長男の結婚式で30年ぶりのハワイにいた。その昔、西海岸へのツアーの帰りに垣間見たハワイは、まだまだ殆どエルビスの映画やTVの「ハワイアン・アイ」の世界の雰囲気が残っており、今や大繁華街となってしまっているワイキキでさえ全体がリゾート的なノンビリとした雰囲気で、公園の中にホテルが建っているような雰囲気で、ワイキキの浜辺は今よりも遙かに幅が広く、砂浜からはどこからもダイアモンドヘッドが眺められた。
夏休みに入ってからの7月だったが浜辺に殆ど人はいず、何故か海に浸かる人は見かけなかった。聞けば「ハワイの白い砂浜は創った観光イメージで、泳ぐモノではない」などと聞いて素直に納得した。とても印象的だったのは浴衣姿のおばさんの大集団を見たことだ。着付け教室の慰安旅行だった、と言うような記憶があるが、最近はこうした記憶も怪しい。
で、今回泊まったホテルだが、これはワイキキ通りの南側即ち、裏庭側が海に直接繋がっている所謂オン・ザ・ビーチのオーシャンビューのホテルでロケーションは最高級なのだが、もちろん海の見えるレベルで部屋のお値段はそれなりに異なる。私的には、海はどうでも良かったのだが、恐れていたことが的中したのが、部屋に入った瞬間的解った。
部屋には「ゴー…」と「ドゥ−…」の複合低周波音が小さいながら見事に響き渡っているのだ。窓を空けて狭いながらもベランダに出てみると、首を横にすれば海浜が隣のホテルとの隙間から見える。だが、問題はそんなことではなく、隣のホテルとの間にダーッと並んでいる室外機から出ている「ゴー…」の音源であった。ひとまずフロントへ行って、まずは階数を上げて、室外機から離れた位置をリクエストしたところ、少し階数は高いが、道路寄りに替えてくれたが、全然効果がない。
もちろん、そもそも当初から「機械音がなるべくしない部屋」というリクエストを出しておいたのだが、ここまで建物全体が騒音に面していては部屋云々の話ではない。別の棟に変えてくれるようにリクエストしたが「今は空きがない」という。到着初日で別のホテルを探すのもしんどいので、仕方なくその晩は薬を飲んで寝た。
翌日はもう一つの「ドゥ−…」と言う騒音の部屋に響いている「音色」を頼りに騒音源を探した。有った。建物の海側、即ち、道路からは見えない位置の1階のかなりの部分を占めて大きな機械が同じ音色の騒音を発している。最初は単なる大きなエアコンの室外機かと思ったが形が全然違うし、数が少ないし、屋根の下のおく必要もないし、挙げ句に一部は太いダクトで室内と繋がっており、どうも厨房の換気設備のような気もするが、それにしては一晩中響いているのはおかしい。何れにしてもこんなのがビルの1階部分にドカンと設置されており、これが発する音が建物全体に響き渡っているのだから私の様な低周波音被害者にとっては堪ったモンではない。如何にすべきか。
ついでに浜辺を散歩がてらに歩くとどのホテルにも似たようなモノがあり、それなりの音を立てている。これではどこのホテルに行っても似たようなモノかも知れないと観念し、後はとにかくハワイから早く帰ることだけを念じて諦めた。
ハワイの発電事情
帰る前日に参加したオアフ島一周のツアーのガイドの話でこの機械の謎の一端が解ける訳だが、その前に、ガイドとのそもそもの話は、ツアーの終わり頃、平地の海岸際にたまたま車窓から見た風車を見かけた所から始まる。
ハワイを知る人なら想像付くであろうが、ハワイはガムなどに比べ湿度が低くて過ごしやすいのは、結構風が吹いていることで、挙げ句に北西から南西にかけて峰が連なり、北西からの風通しなんかとても良さそうで、日本なら文句なしに山頂沿いに風車群が並びそうな地形だが、その峰には一つも風車は見えない。
と言うことで見かけたのが実はオアフ島でたった1箇所の風車という。観光ビジュアル的に風車はダメなのかと聞けば、そうではなく、答えは実に簡単明解、「風が一定でなく、役にたたない」と言うことに尽きるらしい。日本の風向きによりクルクル方向を変える風車を知らない様だ。
では、主なる電力源は何かと聞けば火力発電所が市民向けに市街地の外れに有るという。ただし、未だに停電することがあるらしい。で、ホテルなどの大型施設は自前の発電装置を大抵備えているという。で、ヒョッとしたらあの「ドゥ−…」と言う音の騒音源は発電装置なのかなと思ったのだが…。
と言うことで、騒音源がどうした設備なのかは解らないが、低周波音被害者がハワイに行くには少なくとも市街地の大型ホテルは避けた方が極めて無難である。言うまでもなく、他の島のことは解らない。ハワイのクリーンエネルギーへの挑戦
こうしたことから想像するに自家発電はいざというときのためにだけとすると普段のメンテナンス代がマルッともったいない。そのためにはある程度は常用していなくてはならないであろう。しかし、そんな状態にでもなれば、間違いなく低周波音被害は今より相当にポピュラーになるで有ろう。
と言うことで、自家発電から少し遠のいたが、自家発電そのものにはもっと別の問題もあり、日本では全面的導入はそうそう簡単では無さそうで安心したが。電力自由化の基本問題
蛇足ながら観光バスの余裕の時間でちょいと玄関から眺めたパールハーバーは私がこれまで見た港とは桁外れに大きく、バリバリの現役の軍港の雰囲気満々で、その続きの街際の岸壁には大型クルーズ船が接岸してもいた。島の岬の先の林の向こうに軍艦が停泊している姿が垣間見えなどして、感じとしてはオアフ島全体が巨大な軍事基地の様な感じであった。
と言うことで大きな軍艦や空母など日本では入港反対を叫ぶ原子力艦が何隻かはいつも居るはずで、となれば発電は原発か?、なんて考えると日本の非核三原則は今日的には明らかにアナクロか、なんて思い帰って来たわけだが、その後の原発事故を見れば原子力艦など可愛いモノに見えてしまう。
JIT(ジャスト・イン・タイム)の大いなる不具合
さて、ここから、震災後の12日の話に戻るが、13日の話は、3/14から始まることになっていたリフォームは、業者の話では「設置機器の手配が地震で無茶苦茶になって、全く目処が立たない」という。特に我が家が予定していたメーカーのキッチン機器は、在庫にしないため納期に合わせて作るらしく、時期的に当に取りかかろうとしていたところらしく、当面全く製品の見通しが付かないという。
キッチンと地震と何の関係が有るのだと思えば、業者も知らなかったと言うことだが、現在多くの木製品、出来上がったキッチンを見ると金属や大理石部分などが目に付くが、その下は木で出来ている部分が殆どで、高速道路で運ぶことを考慮しても木材と人件費と広めの工場用地の供給を考えると多くの台所設備の製造は東北も東北、今回の地震の地域に多くの工場があるらしく、震災で工場も人も相当にヤラレ再開の目処が全く立たない等と現地の工場から涙ながらに11日の深夜に連絡があったという。
その他、風呂、トイレ等も部品の幾つかがその地域で生産されており、これまたひとまずは部品を含む調達の目処が立たないという話であった。
これは天下のトヨタも同じで、3/16日から再開するはずの工場は、生産ラインは稼働しても東北地方からの部品が入手できないと言うことで、その後大きくずれ込むことになる。トヨタのお得意のジャストインタイムは大災害時には全く機能しないことを2007年の新潟県中越沖地震による長期の工場停止で学習しなかったのであろうか。しかし、豊田市の卒業式ではこれまで殆ど無かったお父さんの姿が目立ったと言うことだ。
業者を責めても始まらないが、こうした業者レベルでは想定外で“仕方ない”と言うことだろう。だが、そうしても居られない。何か手はないかと翌日から他のキッチン・メーカーを廻り、変更を模索するが、これまた工事に掛かっている人たちは皆同じ事を考えている訳でどこのショールームも超満員。挙げ句に調達には最低1ヶ月以上は掛かるという。それなりのメーカーを幾つか廻ったが、結局本人が気に入った最初のメーカーの再開を待つことにした。
その後色々話しを聞けば、リフォームはまだ良いが、新築のハウスメーカーは納期の問題もあり施す術もなく困り切っているという。もちろん購入者側としては入居が延びた分の家賃などムチャンコ問題になったらしい。
結局、トイレ、バスに遅れること3ヶ月後の6/6に“ひとまず”キッチンは設置され工事は終わった。
最後まで読んでくれて有難う
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