2005年1月11日

隠し音  鬼の爪

和歌山市  医師  汐見文隆


 私は80歳、もともと頭の働きがスローな人間だが、それに軽い老人性難聴と老人性健忘とが加わり、電話という交流手段が極めて不得手で、なるべく敬遠している。

 そんな私に突然、山形県鶴岡市警察署の何坊氏から電話が掛かった。 「ケイサツ!」。一瞬「何か悪いことをしたか?」。それが悲しい庶民の習性である。それにしても「山形県鶴岡市?」。戟時中の学生時代、京都で鶴岡市出身のお方にお世話になったことはあるが、それ以外縁もゆかりもない土地である。
 電話の主は名前を名乗っていたが、電話中に忘れてしまって思い出せない。電話のあった日時も、後で手帳を繰って考えて、多分2004年11月5日だろうとなった。時刻も午後のことだったと思うが、それも不確実である。

 その電話の内容を、これも不正確ながら大体の線を思い出しながら記述してみる。
 低周波音被害の話であろうことば大体分かったが、その被害者の被害状況や原因である音源の状態、周辺の地理的関連も−切不明でいきなり聞かれても、それが低周波音被害なのか、そうでないのか見当もつかない。「離れたところの低周波音でも被害はあるのですか?」。「どれくらいの距離?」。
 ここで「しばらくお待ちください」となって、調べたのであろうか。若干の時間を置いて、自信なさそうに「100メートルくらい」。「それは考えられませんね。余程大きな工場の大きな施設でなければ、100メートルも離れたところの低周波音での被害は考えられません」。「多いのは隣家の暖冷房の室外器などが、被害者の家に面した側に設置されている場合です」。その時一瞬沈黙が流れたのは、これが図星ではなかったかという印象が残った。「それでどんな被害ですか?」。「いや、これは相手側が、訴訟をすると言っているのです」。
 音源側としては、低周波音被害を訴えられても、自分にははっきり聞き取れずよくわからない。防音対策をしてもますます文句を言われる。困惑する場合もあろうことは理解できるが、被害者でなく加害者が訴えるという話は初めて聞く。話がアペコベである。しかも被害者からの相談ではなく、警察からいきなりというのも初めてである。
 それから、他の人がどうもないのに、どうして一人だけに被害が出るのかという質問になった。第三者には分からない。しかし、この件では、被害者当人だけが、自分の被害は低周波昔被害だと頑強に主張して譲らない。そして、汐見の本にはっきりと書いてある。自分の被害症状はその記述の通りだというのである。

 それで私のところに電話となったようである。私に低周波音被害の存在事実を確認するというよりも、オーム真理教ほどではないにしても、頑迷な信者がいて悔い改めようとしないから、その邪教の教祖に電話したという趣があった。
 もっとも、警察の人は事件に面して正否の即断を要求される職業である。相手の立場を考慮して、時間をかけてじっくり判断するのでは、犯人を取り逃がす恐れがある。あくまで自分の判断を信じて行動する習性を持つことになろう。まあ仕様がないか。 「それは個人差です」。「個人差?」。これがなかなか分からないらしい。何回か個人差を繰り返した後、「薬で言えば副作用みたいなものです」。
 その副作用。普通の人にはどうもなくても、特定の人には強い影響が現れると、説明しようとしたら、そこで電話は終結した。

 その2日後になろうか。2004年11月7日、私は、当時評判の山田洋次監督の映画「隠し剣 鬼の爪」を観に行った。そこでこの映画が、鶴岡市に関連したストーリーであることを知り、意外な偶然に驚いた。この時点、私は訴えている被害者は女性とばかり思っていた。被害は中年女性に多いからである。そこで「隠し音 鬼の妻」ということになるのかとぽんやり考えていた。

 しかし、それきりになるかと思ったこの件は、1か月以上経過して意外な形で突然再登場して来た。被害者は男性であり、2004年12月8日大東亜戦争開戦の記念日に、強制的に精神病院に措置入院となったことを、他の低周波音被害者から知らされた。理解されにくい低周波音被害が、ひょっとして精神病(統合失調症)と誤診されて収容されたのではないか。こうなるとこれは「隠し音 鬼の爪」ではないか。

 2005年1月13日現在、まだ精神病院を退院したという情報はない。
 山形県は大雪の中、知事選挙が争われているという。措置入院を決定した山形県知事・高橋和雄氏も4選を目指して立候補しているという報道である。
 では、「隠し音 鬼の爪」の“鬼”とは誰か。まさか被害男性ではあるまい。それを今後問わねばならない。


(補遺)

 和歌山市 医師  汐見 文隆

 この鶴岡市の件について私が詳しい事情を知ったのは、2005年1月11日、精神病院に措置入院となった男性(仮にAさん)の母親からの詳しいお手紙による。しかし、詳しいと言ってもこちらの希望通りのデータのすべてというわけではなく、特に隣家とのトラブルについては、A家側の主張だけを一方的に採用するわけにはいかない。
 そこに書かれているAさんの被害の訴えは、頭痛、頭重、耳鳴り、耳痛、めまい、胃の不快感、吐き気、嘔吐、空咳、心臓の圧迫感、不眠といった低周波音症候群の定番となっている不定愁訴の数々である。また必ずしも端的には記述されてはいないが、外泊、外出などによって緩和されると読み取れる。
 低周波音の特徴である機能性疾患、これだけでは精神病と紛らわしいかもしれないが、その不定愁訴への偏りは、精神病よりも自律神経失調症を想定させるものではないか。
 そして外因性疾患という姿が想定されれば、これを精神病とするのは無理がある。
 こうなれば、低周波音の測定が決め手となるが、それが行われていない。しかも不運にも、せっかくこの年暖冬であったものが、この日あたりから大雪に一変して、測定が簡単ではなくなってしまったのである。どこまでもついていない一件である。
 送られてきた図面や写真から、Aさんの主張する音源(灯油式給湯ボイラー)は、私が電話の中の想定で述べたとおり、隣家の外側、A家に面した側に設置されている。A家までの距離十数メートルであろうか。ここまでぴったりとしているのに、それでも低周波音被害は考慮外なのか。
 ここで改めて電話にあった100メートルを思い出してみる。分かりにくい住宅地図ではあるが、周辺に連続的な大音源となりそうな工場などがあるようには見受けられない。ではあのしばらく時間を置いての100メートルは何だったのか。
 ひょっとして、「かまをかけた」のではないか。辞書に「知りたいことを相手に自然にしゃべらせるように、それとなく言いかけて誘導する」とある。新興宗教の教祖なら誇大
に宣伝したくなるかもしれないが、結果はその反対であった。
 それでも外因性の方向を採用されなかったのは、警察、行政の思い入れがあまりにも強すぎたためであろうか。          

 (2005年1月17日)


管理人からの断り

 この件に関しては、事実関係の詳細な裏付け証明が完全になされていませんので、敢えて述べません。
 ある程度の収拾が付いた時点でまたお伝えする事があるでしょう。